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本当の意味で安心して暮らせるまちに。福祉のスペシャリストが考える介護のあり方とは
「唐津の福祉ならこの人!」と、多くの人たちが頼りにするのが、株式会社スマイルソーシャルワーカーズの小塚 洋さん(以下、小塚さん)だ。小塚さんは唐津市社会福祉協議会を経て、現在は自社の介護施設の運営だけでなく、暮らしやすいまちづくりに向けた施設横断の取り組みを進めている。今では「唐津の福祉といえば、小塚さん」という声があがるような存在であるが、もともと介護をやりたかったわけではないとのこと。そんな小塚さんがなぜ福祉の道を選び、どのように地域に欠かせない存在になったのか?お話を伺った。
株式会社スマイルソーシャルワーカーズ 代表取締役
小塚 洋(こづか ひろし)
1973年兵庫県西宮市生まれ。大学受験で久留米大学に進学し、家族とともに九州へ。大学卒業後は、福岡県で営業職として就職。その後、家族が住む唐津市へ移り、唐津市社会福祉協議会に入職。2002年には社会福祉士を取得。2013年、株式会社スマイルソーシャルワーカーズを設立。
ーーまずはこれまでのキャリアを教えてください。
兵庫県西宮市に生まれ、高校生まで関西で過ごしました。高校3年生のときに、家族は父の実家がある九州に引っ越すことに。私も久留米大学に進学し、九州に移り住みました。
大学2年生の冬、阪神淡路大震災が発生。知人や友人が50人ほど亡くなり「自分は生かされている」という、どこか使命感に似た感情を抱くようになりました。
大学卒業後は、福岡県で鉄鋼の卸売の営業職を担当しましたが、先が見通せず退職。唐津市に住んでいる家族の元に帰りました。その後、唐津市社会福祉協議会に勤めることになりました。
社会福祉協議会ではさまざまな問題を抱えた人たちが相談にきますが、一人ひとりそれぞれの解決策は異なります。当時の私は、福祉について知らないことばかり。車椅子に乗っている方が「俺は、セキソンやねん」とおっしゃったとき、今なら、脊椎損傷の略だと分かりますが、当時は何のことかさっぱりでした。
もっと福祉のことを学ばないといけないと思い、社会福祉士を約2年かけて勉強し、2002年に合格。資格取得がきっかけでソーシャルワーカーとして、自信をもって対応できるようになりました。
ーーソーシャルワーカーとしての道を歩み始めた小塚さんがなぜ、自ら介護施設を立ち上げることになったのでしょうか?
社会福祉士を目指して勉強する中で、「本当の意味で安心して暮らせる社会をつくりたい」と考えるようになりました。
「年を取ってからどこで暮らしたいですか?」とのアンケートでは、大半の方は自宅と答えるのですが、80代など年齢を重ねていくほど、「施設に行きたい」という声が増えていくのです。
なぜなのか、自分なりに考えてみると「精神的な安心」にあると感じました。高齢の方の一人暮らしなど、自宅で不安なことが増えていく中で、施設の方が安心して暮らせそうだと感じるようになります。本当の意味での安心して暮らせるまちづくりは、家にいても大丈夫だというシグナルを作ることだと考えました。
自分の理想のまちづくりをするために、共同創業者とともに株式会社スマイルソーシャルワーカーズを立ち上げたのです。
ーー福祉にはさまざまな分野があります。なぜ介護を選んだのでしょうか。
共同創業者は元々大規模な介護施設のスタッフでしたが、一部の事業所がより良い取り組みをしてよい結果を出したとしても特段給料が上がるわけでもなく、がんばっても報われない介護現場の現実を目の当たりにしたとのことでした。
その話を聞いて、僕自身も深く共感しました。まずは介護職が報われるような社会にならなければ、利用者の幸せにはつながらない。自分が描いているまちづくりに不可欠な要素だと考えました。
だから僕自身は、そもそも介護が好きなわけでもやりたかったわけでもないんです。こういう言い方をすると誤解されてしまうかもしれませんが(笑)地域の拠点として介護という手段を選んだだけで、僕が目指したいのは、安心して暮らせるまちづくりなんです。
ーー株式会社スマイルソーシャルワーカーズでは、具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。
正直、特別なことは何一つしていません。ただ他の施設と違う点があるとするならば、スタッフ一人ひとりが出した意見やアイデアを取り込み、よいと思えることをすぐに実践することだと思います。あとは、その取り組みをすぐに発信することでしょうか。Facebookなどで、普段の様子を頻繁に投稿。できるだけリアルタイムで自分たちの活動を見せるようにし、家族や関係者の方にも臨場感を持って関わってもらえるようにしています。とにかく、介護現場はもっともっと「見える化」が必要だと思っています。
見える化の例として、施設内での事故やトラブルを動画で家族に見てもらえるようにしています。スタッフが見守っていても転倒はおこりますが、家族や関係者に上手く言葉で説明することが難しい場合もあります。だからこそ、動画や画像を通じてありのままを伝える。スタッフの行為が理解、承認される環境作りに努めています。
また、周囲の人から賞賛いただいている活動は、すべてスタッフのアイデアです。「呼子の朝市で朝食をしたい」「日帰りではなく泊まりで旅行に行きたい」などの声が上がったときは、「金銭面でできない」「リスク的に難しい」と経営者として判断することもできます。ですが、やるのも責任、やらないのも責任だと思うので、スタッフの意見を尊重しています。スタッフには「自分たちならどうして欲しいか」という一人称の立場でアイデアを出してもらっています。
ーースタッフの自主性に任せる。なかなかできない考え方だと思います。
設立当初から、「自分が年を取ったときに、利用したいと思えるくらいの施設を一緒に作ろう」とスタッフに呼びかけています。これから先、自分たちが介護が必要になったときに、居心地の良い施設が降って湧いて出るなんてことはありません。だからこそ、スタッフには自発的に自分がしてほしいケアを日頃から考えてもらっています。
そのために、一人ひとりのスタッフには色んなことを幅広く学んでもらいたいと考えています。実際に、いろいろな支援をしています。
たとえば制服。一見普通のシャツですが、スタッフ一人ひとりにあったものを選んで配っています。1万円以上しますが、長く着られるいい製品です。いいものはいい。そういった価値観に触れることも一つの学びと思っています。
また、研修で県外に行く際には、少しお高いホテルに泊まってもらいます(笑)理由は、ホスピタリティを学んでもらうため。介護もサービス業ですから、どうおもてなしをするかは命題の一つです。スタッフ一人ひとりに考えてもらいたいと思っています。
ーー小塚さんが考える介護の「おもてなし」とはなんでしょうか?
「環境はもてなすけれど、行為はもてなさない」が本質だと思います。この言葉は、実はうちのスタッフが発した言葉の受け売りなんですが……。
ホテルであれば、靴を履くとき、すっと靴べらを差し出してお手伝いすれば、喜んでもらえるかもしれません。しかし介護は、日常。本人の残存機能を維持することも大きな役目です。もし送迎のとき、靴を履く手伝いをしたら?本当に利用者のためになっているのかを考えると、答えは「いいえ」です。どう我慢するか、どう待てるかこそが、介護に求められるスキルだと思いますね。一人ひとりが、自分自身と利用者に向き合いながら、考えていくものだと思います。
ーー小塚さんは会社設立の目的として、まちづくりを掲げていました。具体的にはどのようなまちを目指していますか?
多くの人が老いと共に認知症になる可能性がある高齢社会において、もっと認知症の症状がある方々に寛容な社会をつくらなければいけないと考えています。今から取り組んでいかなければ、自分たちが老後を迎えるときに自分たちが受けたい介護が必ずしも用意されているとは思えないからです。
そのための第一歩として、私たち介護職や医療職が認知症に対する目線合わせをする必要があると考え、医療介護連携事業に積極的に関わっています。医療職の方々は、認知症について理解はもちろんあるものの、介護職の方々が見ている認知症の方々の暮らしや関わり方の視点とは、まだまだ大きな隔たりがあると感じています。認知症は長年にわたって付き合っていくものだからこそ、まずは我々専門職が認知症への正しい知識を持ち、生き方をサポートしていく姿勢を育んでいくことが大切だと思っています。
介護職や医療職が同じ方向を向いて、関わることができたら、次第に家族や地域の人にも同じ考え方が伝播していくと思うんです。そして認知症の症状がある方々にやさしくあれる社会はきっと、他の障害のある人や子育てしている人など誰にとっても、やさしい社会になるのではないでしょうか。
ー-そのような社会を目指すために、どのような取り組みをしていますか?
具体的な活動としては、スマイルソーシャルワーカーズとして、夏祭りで地域の人たちと交流したり、敷地の隣にある保育園と交流したり。他にも、地域住民を招いての認知症カフェや認知症の講座を開き、正しい知識を身につけてもらっています。地域の方々の中には、「認知症になったら施設に行かなければいけない」と思っている人もいます。それだけでなく、認知症の症状があっても家で暮らせる選択肢を私たちの実践で提示しています。
また、施設の種類にかかわらず、介護の業界団体を集めて、横のつながりもつくっています。それぞれ機能などは違うものの、「介護」で共通する課題もたくさんあるからです。たとえば人材育成なども、施設を横断して実施しています。先日はケアマネジャーの試験対策を合同で開催しました。今後は、後継者の問題について話し合ったり、研修を合同でしたり、さらなる協力体制をつくっていきます。
他にも新しく介護施設が立ち上がるときに支援を行っています。経営やスタッフの教育など、支援内容は多岐にわたります。経営のノウハウをもっていない人に独立の支援をして、よりよいケアに役立ててもらっています。
今後は、他の施設を知ることで学ぶことも多々あると考え、人材交流も検討しています。
僕が目指しているまちづくりにおいて、うちの施設だけがよいケアをしていても意味がありません。地域の介護職一人ひとりが精神的なゆとりをもって、楽しく働けるようにして、地域のケアをよりよくしていくことが僕の仕事だと思います。この唐津で暮らす人たちが、いつまでも安心して過ごせるようなまちづくりにつなげていきたいですね。
ーー最後に、ここまで読んでくださった方にメッセージをお願いします。
接客業やサービス業など、人と関わる仕事がしたいという方は多いと思います。中でも介護は、感性を磨ける仕事だと感じています。肉体労働をイメージされる方が多いかもしれません。しかし、実際は心が求められる仕事です。素敵なおもてなしをしたい人にぜひ挑戦してみてほしいです。
それにまだまだ成熟していない業界とも思えます。皆さんのイメージを大きく変えることだって可能だと信じています。私も今後一層介護人材がいきいきと楽しく働ける社会をつくることを使命に、よりよいまちづくりを進めていきたいと思います。