Story17
介護職のなり手と定着率の向上に向けた、
働きやすい職場環境づくり
介護人材の確保、育成や定着が課題になっている介護業界。
解決に向け、全国の介護事業所では、働きやすい職場環境づくりを進めています。働きやすい職場環境づくりに取り組み、優れた成果を挙げた介護事業者に贈られる「介護職員の働きやすい職場環境づくり 内閣総理大臣表彰・厚生労働大臣表彰」奨励賞を佐賀市金立町の「介護老人保健施設きりん」が令和6年度に受賞しました。
働きやすい職場環境づくりのための具体的な取り組みについて同施設に聞きました。
医療法人長晴会 介護老人保健施設きりん
木下竜太郎(左) 理事長
本村俊之(中) 副施設長 介護福祉士 介護支援専門員
瀧こず恵(右) 看護部次長 看護師
ーー働きやすい環境づくりに取り組んだ背景を教えてください。
木下さん(以下、敬称略) : 今、全国的に介護業界の人手不足は深刻で、特に若者の介護職離れが問題になっています。
「きつい」「汚い」「休暇を取りにくい」「給料が安い」という仕事に対するイメージや待遇面が介護職離れを加速させているようです。しかし、この業界は人がいないと利用者の方々に対して、良い介護サービスを提供することができません。人材確保は介護業界にとって急務です。
事業所側が待遇面を改善したくても、介護報酬は介護保険制度によって定められており、得られる報酬は決まっています。「介護職員等処遇改善加算」など国や県でも報酬アップにつながる施策を打ち出してはいますが、一般企業のように事業者独自の努力で収入を増やして給与に反映させることは困難です。
当施設でも仕事に馴染めなかったなどの理由で1年以内に退職してしまう若者も少なくありません。また現場職員の高齢化も進んでいます。そこで、もっと介護職を希望する方を増やし、定着率を上げるために、私たち事業者は何ができるのかを考え、「働きやすい環境づくり」に取り組み始めました。
ーー働きやすい環境づくりのために、どんなことから始めましたか。
木下 : 令和5年4月に「業務改善委員会」を立ち上げ、月に1回、当施設に勤務する介護職員、看護師、栄養士、理学療法士など多職種が集まって、業務が円滑に進むように話し合う場を設けました。職員の声を反映させるために、会の構成員は管理職ではなく現場に携わる職員8人です。会議はみんなの目に触れるオープンスペースで行い、誰でも内容が聞けるようにしました。
同委員会がまず行ったのは、広く現場の声を拾うための「アンケート調査」です。職員が大変さを感じている業務を問うと、圧倒的に多かったのが「入浴介助」です。続いて「排せつ介助」「食事介助」ということが分かりました。
「入浴介助」では、「服を脱ぐ」「体を洗う」「湯船につかる」「湯船から出る」「体を拭く」「服を着せる」という業務を1人の利用者さんに対して行うのに、職員2~3人が必要になります。「重労働で体力的にきつい」「時間がかかる」「事故リスクを考えながらの業務は精神的な負担が大きい」などの声が上がりました。利用者さんの状態が重度であればあるほど、職員の負担はさらに大きくなります。そこで委員会は「入浴介助」の効率化に向けて動き始めました。
ーー入浴介助の効率化はどのように進みましたか。
木下 : 委員会の多職種のメンバーがそれぞれの視点から改善案を出して検討し、入浴業務に関するマニュアルを改訂しました。さらに新型入浴装置とシャワーストレッチャーを導入しました。新型入浴装置はドーム型で、シャワーストレッチャーごと入ることができます。浴室全体のレイアウトも変更し、洗い場にヒーターを入れて浴室の寒さを軽減、利用者さんにも職員にも好評です。
ーー具体的には、どのくらいの効率化ができたのでしょうか。
瀧さん(以下、敬称略) : 入浴介助による業務時間は、導入前は1週間3780分でしたが、導入後は2700分となり、1080分の短縮ができました。また、介助者が2人必要だったストレッチャー入浴も1人でできるようになりました。導入後、職員を対象に実施したアンケートでも、「業務負担が軽減された」と全員が答えています。
木下 : 残業時間は元々多くはなく、月に2時間ほどでしたが、効率化したことで有給休暇の取得率が上がりました。職員の満足度も上がっていると思います。
ーー新型機器の導入で、効率化が随分進みましたね。
本村さん(以下、敬称略) : 入浴介助業務の時間が短縮されたことで、身体的な負担の軽減につながりました。さらに、入浴介助業務が減った分、利用者さんとコミュニケーションを取れる時間が増え、ほかの業務にも余裕を持って取り組めるようになったと感じています。
瀧: 利用者さんとの時間が増えただけでなく、職員同士が利用者さんの情報を共有する時間も増えたと思います。
本村 : 休みが増えれば気分も一変しますよね。職員も休み明けは、頑張ろうという気持ちで業務に取り組んでくれているようです。
瀧: 業務改善で言えば「ヘッドセット」の導入も助かっています。これまでは利用者さんの介助中、手助けがほしい時は、大きな声で職員を呼んでいましたが、ヘッドセットを着用すれば、普通に「1人、手伝いをお願い」と話すだけでいいし、「その部屋に近いので私が行きます」と、すぐに返事が来るのでストレスがありません。
木下 : 1人で何とかしようと頑張り過ぎて事故につながることもあります。気軽につながることができるのは安心ですし、職員同士のコミュニケーションの改善にもなります。コスト面では課題もありますが、働きやすい環境整備のためには必要です。 今後も課題が見つかった場合は速やかに業務改善が進むように、「介護人材確保・職場環境改善等事業」による補助金なども活用していきたいと思っています。
今回の新型入浴装置の導入の場合、事業所内の最低賃金の引き上げと、生産性の向上に資する設備投資を合わせて行った場合に設備投資費用の一部が助成される「業務改善助成金」制度を活用しました。最低賃金は90円引き上げました。
以前は、業務負担軽減のために「人員を増やしてほしい」という要望が職員から出ていましたが、今回の新型入浴装置導入の経験から、職員が少ない人員でも身体的な負担を減らし、業務を効率的に進める方法を模索するようになりました。 「排せつ介助」「食事介助」の改善はこれからです。今後も良い人間関係を保ちつつ、体力的にも落ち着いた働きやすい環境をつくっていきたいと思います。
ーー施設の「働きやすい環境づくり」の一環として介護業務の効率化を行い、職員の負担軽減をした取り組みが「令和6年度介護職員の働きやすい 職場環境づくり厚生労働大臣表彰」を受賞されました。
応募しようと思ったきっかけは何でしょうか。
木下 : 日々の業務に追われている職員のモチベーションが上がるのではないかと思って応募しました。 受賞後は、新聞などにも取り上げられたことで、私たちの取り組みを皆さんに知ってもらうことができましたし、当施設を信頼していただくきっかけにもなったのではないでしょうか。
ーー今後の業務改善への取り組みを教えてください。
木下 : 月1回の「業務改善委員会」の結果は各部署に議事録を配布してみんなで情報共有をしています。会議をしただけで終わらずに、「次の会議ではここまで検証しておこう」というようなモチベーションの向上にもつながっていると思います。自分の提案が実現すると、年齢問わず職員が前向きになれますからね。
今後も課題の大小にかかわらずできるところから改善して、業務の効率化を進めていきたいと思います。 ぜひ、当施設で介護職に就いて定着していただきたいですね。