Story18
報酬を含めた根本的な改善をして、
介護職の定着率アップへ
「秘窯の里」として知られる伊万里大川内山の近くにある一般社団法人「れんげそう」。
冨永代表理事には介護職を続けるインセンティブ(動機づけとなる報酬)「処遇改善加算」のことや、給与以外で定着率を高めるために職員の「やりがい」を引き出す経営者の考え方の大切さ、経理事務の岩渕さんと坂野さんには、「処遇改善加算」で給与アップしたときの気持ちなどを聞きました。
一般社団法人れんげそう
冨永英之(左) 代表理事
岩渕秋子(中) 経理事務
坂野紗希(右) 経理事務
ーー冨永さんがデイサービス事業や有料老人ホームを立ち上げた理由を教えてください。
冨永さん(以下、敬称略) : 母の病気がきっかけです。母の介護には自分が最期まで携わりたいと思っていたことや、母だけでなく高齢者のお世話もしていきたいという思いがあったので、2000(平成12)年に「デイサービスたちばな」を立ち上げました。その10年後に名称を「デイサービスれんげそう」に改称し、2023(令和5)年に「有料老人ホームれんげそう」を開設しました。
私は、元々、小売業をしていました。経営は順調でしたが「二兎を追うものは一兎をも得ず」ということわざもあります。小売業は辞めて介護事業1本に絞って今に至ります。施設の利用者さんは現在20人です。
ーー経営理念や開設当初から心掛けていることは何でしょうか。
冨永 : 経営理念は三つ。「人間性の向上」「社会貢献」「利益確保」です。職員が利用者さんに喜んでもらえることを常に考えて行っていけば社会貢献になり、職員の人間性の向上と利益の確保にもつながっていくと思います。
また、利用者さんに喜んでもらうために大切なのは、職員が意欲を持つこと。意欲はどうすれば出てくるかというと、職員に目的意識を持つように促すこと。そしてもう一つ、これが一番大事なのですが、職員を信頼して任せることです。
信頼して任せれば主体性や創造性、個性が生まれてきます。そこで意欲が沸き出てくると私は思っています。意欲は仕事のやりがいにもつながりますから。
介護は人間相手のヒューマンビジネスです。ヒエラルキー構造の頂点は経営理念つまり事業の目的です。そして戦略(目標)、戦術(手段・方法)と続きます。経営者が問題意識を持って経営理念の実現を目指し、戦略や戦術を練ることが職員の意欲や利用者さんの喜びにつながります。
ーー職員の採用では、れんげそうならではの考え方があるそうですね。
冨永 : 一般的に介護福祉士や看護師などの専門職は、経験豊富な人材が歓迎されますが、当施設では経験が少ない人、あるいは有資格者でも経験がない人を積極的に採用しています。
固定観念にとらわれない状態で、例えば自分のおばあちゃんを介護するならどうすれば喜んでもらえるのかなど、家族のように親身になって利用者さんのためになるやり方を自分で考えてほしいからです。自分で考えることが、主体性や創造性や個性につながり、柔軟にさまざまなアイデアが出てくると思っています。
また1人で何役もできるマルチタスクに取り組み、さらに1人で行う仕事も2人で対応して、利用者さんの安全の確保に努めています。基本的に当施設は残業をしなくてもすむように職員同士で助け合うなど工夫しています。 利用者さんに質のよいサービスを業務時間内にする事が前提で、最近は人材不足の対策に外国人技能実習生も受け入れました。
岩渕さん(以下、敬称略) : 私は経理事務なので、直接介護に携わることはできませんが、時間があるときは食器を洗ったり、できる範囲のことを手伝っています。
ーーれんげそうでは、昨年7月「処遇改善加算」を取得されましたね。「処遇改善加算」の目的などについて教えてください。
冨永 : 「処遇改善加算」は、介護施設などで介護サービスを提供する介護職員の処遇を改善することを目的としたもので、介護保険の介護報酬における加算制度の一つです。
一定の要件を満たした介護事業所が自治体に届け出る必要があります。そうすることで介護サービスに応じた介護報酬に加算分が上乗せされ、支給されます。
支給を受けた介護事業所は基本給の上乗せや処遇改善手当などを通して、介護職員の賃金改善を図っていきます。
この処遇改善加算の本質的な目的は、介護職員の定着のためです。介護業界は「きつい」「汚い」「危険」に加えて「給料が安い」の4Kと呼ばれています。介護の仕事に興味を持つ若者は少なく、介護職に就いても辞める人が多いのが現状です。AIなど作業の効率化を進める機器の開発もありますが、利用者さんとのコミュニケーションなどマンパワーは欠かせません。
この制度は要件を満たした上で届け出ないと加算分がもらえません。私も同業者から情報を得て届け出しました。まだ届け出していない同業者もあるかもしれないですね。
ーー実際にれんげそうでは、「処遇改善加算」を申請したことで、どのくらい給与アップにつながりましたか。
岩渕 : 私は、2023(令和5)年11月から、試用期間3カ月を経てパートで入職しました。
「処遇改善加算」の取得は私が入職して1年に満たないときでしたが、書類作成に携わり制度を理解することができました。もちろん、代表理事に尋ねながらではありますが、基本的に任せてもらえたので、分からないところは自分で調べたりして、理解が深まり、とても学びになりました。
坂野さん(以下、敬称略) : 私は2023(令和5)年12月に入職しました。2024(令和6)年7月、「処遇改善加算」を取得した結果、介護職員は時給が50円上がりました。年間にすると6万円の給料アップですから大きいですよ。
介護職員は素直に「うれしい」と思いますし、仕事へのモチベーションにつながっていると思います。
ーー経営者として「処遇改善加算」について、どう考えていますか。
冨永 : 「処遇改善加算」は仕事を続けるインセンティブ(動機づけとなる報酬)になると思います。
実際に介護職員のモチベーションにつながっているようです。 しかし、インセンティブだけで職員の定着率が上がるというわけではないと思います。利用者さんのために頑張れば頑張るほど勤務時間が長くなりますが、これも介護業界に人が定着しない理由の一つです。 給料だけでなく離職理由などを精査して根本的な改善をしていかないと、定着は厳しいと思います。職員の目的意識を醸成し、介護のやりがいを見つけてもらえるように行政任せではなく、経営者の努力も必要ではないでしょうか。
ーーこれから介護業界で取り組んでいきたいことはなんでしょうか。
冨永 : 「隴を得て蜀を望む(ろうをえてしょくをのぞむ)※」ということわざがありますが、一つ望みを達成しても、また次の望みが出てきます。利用者さんのニーズはどんどん高くなっています。利用者さんのニーズに対応することを第一義にしながら、命に対する最大の尊敬の念を抱いて、制度も最大限に活用して利用者さんも幸せに、職員も幸せもを感じるようにサポートしていきたいと思います。
※隴を得て蜀を望む : 一つのものに満足しないで、さらにより以上のものを求め望むこと。欲にはきりがないこと